大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)803号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人貞松秀雄の上告理由について

一  原審の認定した事実関係及びこれに基づく原審の判断は、おおむね、次のとおりである。

1  訴外山田正光(以下「山田」という。)は、司法書士を営むかたわら、宅地の造成、分譲を業とする訴外京阪神土地株式会社(以下「京阪神土地」という。)の代表取締役会長の地位にあつたが、昭和四二年八月ころ、京阪神土地の宅地造成資金三ないし四億円を調達するため、被上告人に対し、借受金と同額くらいの架空名義の定期預金をしてこれを他の不動産等とともに担保に提供することを条件に京阪神土地に対する融資方を申し入れた。

2  被上告人は、山田の申入れについて、右架空名義の定期預金に対して質権を設定したうえ定期預金証書を被上告人において保管したい意向であつたところ、山田から税務対策上これには応じられない旨の態度を示されたため、右定期預金を担保として確保する方法として、山田との間で後記のように相殺予約の合意をしたうえ、京阪神土地に対して、差しあたつて二億七五〇〇万円の貸付を実行し、更に同年一一月一五日一億円の追加融資をすることを内諾した。

3  上告人阿部礼治は、訴外藤井昭弘(以下「藤井」という。)を通じて投資信託をしていたが、藤井の勧めによりその換価金で定期預金をすることとなり、昭和四二年一一月二二日ころ藤井に対し同人が右投資信託の売却代金として持参した現金のうち九五万円を交付して一〇〇万円の定期預金をすることを依頼し、その際、差額の五万円を利息名義で先取りし、上告人長井つるは、右同様藤井の勧めにより自己所有の株式の換価金で定期預金をすることとなり、同月二三日ころ藤井に対し同人が右株式の売却代金として持参した現金のうち九八万円を交付して一〇〇万円の定期預金をすることを依頼し、その際、差額の二万円を利息名義で先取りし、上告人西山半次郎は、藤井を通じて投資信託をしていたが、そのころ藤井に対しその換価金で六〇〇万円の定期預金をすることを依頼していた。

4  そこで、藤井は、そのころ、上告人阿部礼治及び同長井つるから受領した前記金員をその依頼の趣旨を告げて山田に交付し、また、上告人西山半次郎からも同様の依頼を受けている旨を告げたところ、山田は、同月二五日、被上告人に対し、前記2の一億円の追加融資を受けるために必要な定期預金をする旨を連絡し、金額一二三万円の山田振出の小切手一通及び金額五〇〇万円の線引小切手一通並びに現金一七七万円のほか、上告人らの氏名及び預金額を記載したメモと自己が予め用意しておいた上告人ら名義の有り合わせの印鑑を交付したうえ、上告人ら預金者の住所を適当に記載することを任せ、預金名義人を西山明夫(上告人西山半次郎の別名)とする金額六〇〇万円の、預金名義人を阿部礼治とする金額一〇〇万円の、預金名義人を長井つるとする金額一〇〇万円のいずれも満期日昭和四三年一一月二五日、利率年五分五厘とする各定期預金(以下「本件各定期預金」という。)をした。

5  山田は、本件各定期預金をした際、被上告人に対し、その出捐者が上告人らであることを告げなかつただけでなく、被上告人の要望によつて、本件各定期預金がいずれも自己の架空名義の預金であつて預金者は自己であることを確認し、京阪神土地の債務についてした自己の保証債務と本件各定期預金債権とが相殺されても異議のないこと、預金証書を自己が所持し被上告人の要求があれば直ちに提出することなどを約し、被上告人から上告人ら名義の前記印鑑及び本件各定期預金の預金証書を受領した。

6  藤井は、昭和四二年一一月二五日、山田から本件各定期預金の預金証書及び印鑑を受領したが、右印鑑は上告人らが期限前に本件各定期預金契約を解約して右各預金を引き出すことを防ぐために届出のものと別個の印鑑であつたところ、藤井は、上告人阿部礼治及び同長井つるに対し、一〇〇万円の各定期預金証書一通と各人名義の前記印鑑一個を交付し、上告人西山半次郎に対しては、六〇〇万円から利息名義で先取りした二五万円を控除した五七五万円を受け取るのと引換えに六〇〇万円の定期預金証書一通と同人名義の前記印鑑一個を交付し、右五七五万円を山田に交付したが、右各定期預金証書は現に上告人らがそれぞれ所持しているものの、右印鑑の所在は明らかでない。

7  原審は、以上の事実を認定したうえ、上告人らは客観的に本件各定期預金債権者となるに足りるだけの状況になく、山田は上告人らの代理人又は使者として本件各定期預金をしたものではなく、被上告人は上告人らが出捐者であることを知らず、かつ、知ることができなかつたものであるというべきであるから、本件各定期預金の預金者は山田であつて上告人らであるとは認められないと判断し、上告人らの本件各定期預金返還請求を棄却した第一審判決を維持している。

二  しかしながら、無記名定期預金契約において、当該預金の出捐者が、他の者に金銭を交付し無記名定期預金をすることを依頼し、この者が預入行為をした場合、預入行為者が右金銭を横領し自己の預金とする意思で無記名定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて無記名定期預金の預金者と解すべきであることは、当裁判所の確定した判例(昭和二九年(オ)第四八五号同三二年一二月一九日第一小法廷判決・民集一一巻一三号二二七八頁、昭和三一年(オ)第三七号同三五年三月八日第三小法廷判決・裁判集民事四〇号一七七頁、昭和四一年(オ)第八一五号同四八年三月二七日第三小法廷判決・民集二七巻二号三七六頁)であるところ、この理は、記名式定期預金においても異なるものではない(最高裁昭和五〇年(オ)第五八七号同五三年五月一日第二小法廷判決・裁判集民事一二四号一頁参照)から、預入行為者が出捐者から交付を受けた金銭を横領し自己の預金とする意図で記名式定期預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、出捐者をもつて記名式定期預金の預金者と解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審の認定した事実関係によれば、山田は、自己又は京阪神土地のために使用する目的で本件各定期預金の資金を集め、被上告人に対し、本件各定期預金について預金者は自己であつて自己の架空名義のものとして預金手続をしたというものではあるが、本件各定期預金の預金証書を上告人らにそれぞれ交付していたというのであるから、右事情に照らすと、山田が上告人らの出捐した金銭につきその支配を排して横領し、自己の預金とする意思を有していたとまでみるのは十分でないにもかかわらず、他に前記特段の事情を認めるべき事実を認定することなく本件各定期預金の預金者は山田であつて上告人らではないとした原判決には預金者の認定に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであつて、論旨は理由がある。そして、本件において、前記特段の事情があるかどうか等について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

(裁判長裁判官 環 昌一 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例